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美しい四季の風景を見ながら、「産業遺産」であるSLに乗れる幸せ

12時6分、もくもくと白い煙をあげながら茂木駅(栃木県茂木町)のホームに入ってくる蒸気機関車(以下SL)C11型。そのまわりを、SLを見たくて集まってきた鉄道ファンや両親とともにやってきた子どもたちが囲みます。SLの機関士(運転士)である齋藤秀幸さんは運転席の窓から顔を出し、手を振る子どもたちに向かって、満面の笑顔で手を振り返しています。その姿はまるで、たくさんのファンに囲まれたアイドルのようです。
真岡鐡道は、茂木駅から下館駅(茨城県筑西市)までの17駅(SLの停車駅は11)を結ぶ第三セクターの鉄道会社。SLの運行が始まったのは、平成6年3月。当時の真岡市長が、地域活性化と子どもたちに夢を与えるために導入を決めました。現在は、1年を通じて土日祝日に1往復し、地元だけでなく全国からも鉄道ファンが乗車したり写真を撮りにやってきています。真岡鐡道では、C11型とC12型の2両を整備しながら運行しています。
「小さい頃から人の役に立てる仕事に就きたいと思っていました。なかでも鉄道の仕事に関わるのが夢でしたね」という齋藤さん。駅員として採用され、その後、気動車(※)の運転士、SLの機関助手を何年か務め、昨年2月から社内選抜でSLの機関士に抜擢されました。機関士になるには、交通法規や運転理論などの筆記試験や実技試験に受かるのはもちろん、ボイラー技師の免許も必要になります。「この会社に入ってから、ずっとやりたかった機関士になれたので、感慨無量ですね」と微笑みます。
通常、電車は運転士がひとりですが、SLでは機関士と機関助手の2名で動かします。釜炊きとも呼ばれる機関助手は、釜に石炭をくべてボイラーで水蒸気を作る係。機関士と機関助手の息がピッタリと合わないと、SLを効率よく動かすことができません。タイミングが合わないと力が出ませんし、逆に力がありすぎると蒸気を無駄にしてしまいます。そのため、齋藤さんは、運転をしていないときにも機関助手とよくコミュニケーションを取るように心がけているそうです。
笑顔が愛らしい齋藤さんに会いに来る鉄道ファンも数多くいます。毎週のように駅にやってくる人もいれば、遠く滋賀県からSLに乗りにきた人もいます。そうした人とSLのことや世間話で盛り上がる時間が楽しいといいます。なかには、齋藤さんよりもSLに詳しい人がいて、舌を巻くこともあるとか。いわゆる「撮り鉄」の方も多く、「あの場所でカメラを構えているから、煙を出してください」と頼まれることも。坂道やカーブなど、頼まれた場所で煙を上げるサービスにも積極的です。
沿線の人はあたたかみがあって、とてもいい人が多いといいます。運転していると、遠くから笑顔で手を振ってくれるなど、励まされることもあるそうです。そして、四季折々の景色の美しさにも魅了されています。桜の季節には、ピンク色に染まった景色の中を走り、田植え後の水を張った田んぼには緑のじゅうたんが広がり、冬は雪をかぶった日光連山を遠くに眺めるなど、飽きることがありません。
SLは、6年に一度行わなければならない「全般検査」に多額の費用がかかったり、燃料となる石炭が高価だったり、何かとお金がかかる乗り物。しかし、齋藤さんは貴重な「産業遺産」を守るため、毎日の手入れを欠かさず行い、いつまでも走り続けられるようにしたいと考えています。

※:気動車
電気によって動く車両を電車と呼ぶが、気動車はエンジンを搭載した車両。ディーゼルカーとも呼ばれる。

齋藤 秀幸
さいとう ひでゆき
約2年間の自衛隊経験のあと、真岡鐡道株式会社に入社。国家試験である甲種蒸気機関車運転免許に合格し、子どもの頃からの夢だった蒸気機関車の機関士になる。真岡市に住んでいたこともあり、真岡線沿線の人々の心のあたたかさとまじめさが気に入っている。栃木県内では世界遺産である日光や湯西川温泉が好き。
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