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約400年続く世界遺産をいつまでも美しく保ちたい

日光東照宮本殿で大きな足場に囲まれ、黙々と黒い漆を塗っている(公財)日光社寺文化財保存会の岡﨑玄得さん。この漆は、黒の中でもっとも濃い色で、その色は漆黒(しっこく)とも呼ばれています。薄暗い作業場の中で漆独特のつややかな光沢を放ちます。
徳川家3代将軍家光によって多くの社殿が造られた日光東照宮は、美しい状態を保つために数十年おきに修理が行われてきました。平成の大修理の一環として平成25年度から行われてきた陽明門の修理はすでに終わり、平成29年3月10日から一般に公開されました。現在は本殿を中心に修理が行われており、保存会は漆塗り(金箔押しも行う)と彩色を担当しています。本殿の修理は平成31年度まで続けられます。
「父は保存会で社寺の漆を塗っており、今は、漆部門の管理技術者をしています。そんな父の仕事にあこがれて、高校の美術科を卒業したあとすぐにこの世界に入りました」という岡﨑さんは、漆塗りを始めて14年が経ちます。
単に漆塗りといっても38~40工程もあります。古い漆をはがす「たたきおとし」から始まり、傷んだ箇所に麻布を着せたり、へこんだ場所に麻布を細かくした刻苧綿(こくそわた)を練り込んだ、刻苧漆を埋めたりするなどの下地処理をします。そして、漆塗りは、下地付け、中塗り、上塗りなど17回も漆を塗ります。屋根にも漆を塗るので、ほぼ建物全体に漆を塗ることになります。
漆は岩手県二戸市産の浄法寺漆を中心に日本産漆を使用。漆は海外から輸入されたものが多く、国産は2%に過ぎません。「やはり日本の気候風土にあっているのは、国産しかありません。日持ちが全然違います。それに漆を採取している漆掻き職人さんの技術を絶やさないためにも国産を使っているのです」と岡﨑さん。 気候や気温などによって材料の配合を変えていかなければ、うまく塗ることができません。特に冬の寒さが厳しい日光では難しい点も多いとか。
一方、彩色部門で着彩していたのが小野宏さん。保存会の仕事をやるようになって24年が経ちます。取材時は、神厩舎西面にある猿の彫刻「結婚した猿」の作業をしていました。取りはずせるものは、取りはずして工房で作業します。工程は、彩色見取り図の作成、絵の具の洗い落とし、漆下地、着彩と行い、この1枚の修復期間は約2カ月。彩色見取り図は、形や色彩を描きとめ、余白に細かい技法などの表現方法を書いたもの。着彩時に使うほか将来修理するときの資料として残しています。
「仕上げの着彩に使っているのは、岩絵の具。ガラスから作った人工岩絵の具もありますが、仕上がりがまったく違います」と小野さん。岩絵の具は長い年月を経ても色あせませんが、人工岩絵の具は紫外線を通すため、徐々に色が薄くなってしまうそうです。岩絵の具とは、孔雀石や藍銅鉱(らんどうこう)などの鉱物を砕いて作った絵の具。宝石ともいえるものですから大変高価です。砕く粒の大きさで色の濃淡が変わっていき、細かく砕くほど薄くなります。岩絵の具だけでは接着性がないため、にかわを混ぜてお湯であたためてから塗ります。
漆職人の岡﨑さんの夢は、早く父親の技術を超えること。
「父親が昔の漆のことを研究していて、『こういうふうに作業したらいいんじゃないか』と思ったことが、江戸時代にはすでに行われていた記録を見つけたそうです。先人たちもいろいろ苦労して作業していたんですね」と、技術を高めるのは大変だといいます。徳川家康を祭って400年前に創建され、その20年後の380年前に現在の日光東照宮社殿群のほとんどが造営されました。以来、修理に修理を重ねてきました。多くの職人さんの力があってこそ、日本が誇る美しい世界遺産は保たれているのです。
岡﨑 玄得
おかざき ひろやす
生まれも育ちも今市市(現・日光市)。社寺の漆を塗っていた父親の姿を見て、高校卒業後、自らも漆塗り職人になった。平成27年9月から本殿の漆塗りを担当。次の修理の日までしっかりといい状態を保てるように心がけているとか。栃木県の良さは自然が多く、空気もおいしいところ。
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