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ひとりの若者が作り上げた地域活性化のお手本

鹿沼市役所近くにある小さな路地「根古屋路地」。アヒルがグワァグワァと鳴きながら散歩していくのどかな風景が広がっています。両手を広げると両側の石塀に手がついてしまいそうなこの細い路地が、月に1回開催され、1000人以上が訪れる「ネコヤド商店街」のメイン会場になっています。
路地の奥にある「Café饗茶庵」のオーナーである風間教司さんが、ここをオープンさせたのは1999年、24歳のとき。東京の大学を卒業し、県内の会社に就職したものの半年でやめて、アルバイトでバーテンダーをやっていました。そのとき、さまざまなお客さんと接するうちに「自分の世界はなんて狭い」と思ったそうです。
「いやいや鹿沼に戻ってきたけど、住んでみると実は鹿沼もなかなかいいところ。自分がいいと思っていることをみんなに伝えたいなと思って、カフェを開くことにしたんです」と風間さん。
両親が購入していた自宅の隣の中古住宅に住みながら、夜はバーテンダー、昼間はセルフビルドでカフェに改装し、オープン。カフェにはいろいろな人がやってきました。そうしたお客さんの声を他のお客さんと共有し、徐々にコミュニケーションの輪を広げていきました。そのうち、常連客から自分もお店を持ちたいといわれ、築60年の向かいの空き家を紹介。彼は、やはりセルフビルドでフレンチレストラン「アンリロ」をオープンさせました。カフェにやってくる若者たちから自分のお店を持ちたいという相談を多く持ちかけられた風間さんは、模擬店のような1坪ショップがたくさん並ぶ「ネコヤド大市」を月1回開催することにしました。最初は小規模でしたが、行政や自治会などに働きかけ、一大イベントに。毎回、10~15店が出店し、何年も続けていくうちに鹿沼に自分のお店を持った人が15人にもなりました。
「僕は不動産屋じゃないけれど、知らないうちに、空き家をだれかに貸したい人と店を持ちたい人を結びつける役を引き受けるようになりました。なかには、家賃交渉までやってあげた人もいます」と笑います。
「ネコヤド大市」は2011年に幕を閉じますが、翌年に自分のお店を持った10人が中心になり、ネコヤド商店会を結成。さらに充実を計った「ネコヤド商店街」を開催するようになったのです。
今では、風間さんの紹介による20以上のお店ができ、職種も古着屋、居酒屋、レストラン、花屋、お菓子屋、洋服屋と多種多様。昨年には、江戸時代から続く空き家の旅館を借りて、ゲストハウス「CICACU」をオープン。女将を務めている辻井さんは、京都から旅で鹿沼に来て、どうしても鹿沼に住みたくて移り住んできた人です。居酒屋「ずず」オーナーの高山さんもカフェに来ていて、空き家を紹介されてオープン。「ずずハナレヤ」という2号店も出しました。また、近々3人の女性仏像修復士が移り住むようになる予定とか。
「ネコヤドでお店を持った人も2号店を持つ人が増えてくるなど、新しい展開を始めるようになりました。これからは自分たちがどのように力をつけていくかという時代になった気がします」
「ネコヤド商店街」は、2017年3月の開催をもってひとまず休止。これから、どのように展開しようかと若者の店主たちが策を練っているところです。
「鹿沼は“ほど良い田舎”があるのが魅力。昔は、人が近すぎるのがいやでしたが、住んでみるとその近さがいい。みんな親戚みたいなものです」と風間さん。
多くの若者が移り住んだことで、自然と町が活性化してきました。ネコヤドには、過疎化に悩む町のお手本となる活気に満ちた町ができてきています。
風間 教司
かざま きょうじ
1975年鹿沼市生まれ。大学卒業後、会社員、バーテンダーを経て、自宅を改装した「Café饗茶庵」をオープン。空き家をリノベーションしたカフェ「日光珈琲」を鹿沼と日光(2店舗)を展開。珈琲の焙煎、卸をはじめ、さまざまな業種の若者たちの起業支援を行う。
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